「タイムドメインのスピーカーはなぜ音が良いのか」 第二部
― つづいてタイムドメイン・スピーカーは、形や設計の秘密をお聞きしたく思います。タイムドメイン・スピーカーは形がユニークですが、これも「元の音を忠実に再現するがため」ですか。 はい、そうです。 ― おさらいさせてください。元の音を忠実に再現するには、どうであればよかったのでしたっけ。 元の音(音波)が、その波形のまま、スピーカーから出てくれば、いい音になります。そもそも論で説明します。ある歌手がマイクに向かって歌ったとします。それが空気を振動させて(※)、その振動がマイクの受信器を前後に振動させ、その振動が電気信号に変換されます。その電気信号はCDに記憶されレコード店に並びます。そのCDをあなたが買ってプレーヤーでかけます。電気信号が再生され、ケーブルを通ってアンプを伝わり、さらにまたケーブルを通ってスピーカーに伝わります。その電気信号は、コーン紙の後ろのヴォイスコイルに伝わったところで、周囲の磁石と反応し、コーン紙を前後に動かします(※)。その結果、コーン紙の前の空気が前後に振動する。その振動が、我々の耳に届いて、音と認識されるわけです(※) わたしの定義する良い音とは、「元の音と同じ波形がスピーカーから再生されること」でした。ここで話を単純化するために、歌手が発した最初の音波は、スピーカーに届くまでの間、波形が完全に保たれていると仮定します。ということは、後はスピーカーがその波形を【正確に再生】できれば、元の音と同じ音が出ます。
― どんなスピーカーなら、音波の波形を正確に出力できるのですか。 スピーカーが音波の波形を正確に伝えるには、「コーン紙が目的の音波(波形)を再現できるよう、正確に前後振動すれば良い」といえます。それには次の条件が必要です。
コーン紙を、小さく、軽くし、材質に紙を使っています。ゆがまず、たわまず、正確に振動するには必須の三条件です。 ― 「コーン紙は小さく」ですか…。でも正直いって、小さいコーン紙はどうも有り難みがないというか、デカイ方がバーンと迫力ある音が出せるような気がするのですが… それは思いこみ、気のせいです。コーン紙は、小さく軽い方が音が良くなるのです。「小さく軽いコーン紙」の反対は「大きく重いコーン紙」なので、それと比較しながら説明します。
まず、レスポンス(音の立ち上がり)を比較してみましょう。
重い物の代表として、トラックを例に考えてみます。トラックは重いので、エンジンをふかしてもすぐには動きません。じわりと車輪が回って、ゆっくりと動き始めます。重い物は動かすまでに時間がかかります。「立ち上がり(力を加えてから、実際に動き出すまでの時間)」は悪いといえます。 スピーカーでも同様です。大きく重いコーン紙は、音波信号(※)が来ても、すぐに反応、振動できません。必ず、少し遅れます。
正確な波形を再現するには、信号を受けて、すぐに反応できる立ち上がりの良さが必要です。クルマでいうなら、F1のように、アクセルを踏んだらスパーンと加速するようなレスポンスの良さが求められます。 F1のボディは、レスポンスを良くするために小さく軽くできています。レスポンスを重視するならば、「小さく軽い」のは良いことで、「大きく重い」のは悪いことです。 したがって、スピーカーのコーン紙も、小さく、軽い方が良いということになります。
次に、「きめ細かく振動できるかどうか」を比較します。
トラックを高速運転しているときに、ハンドルを切ってもすぐには曲がりません。大きくて重い物には慣性の法則が大きく働くので、制御しにくいのです。一方、F1は小さくて軽いのでクイッと曲がります。 コーン紙の動きは、微細な前後振動です。この振動がきめ細かければ、それだけきめ細かい、輪郭がハッキリした音が出ます。きめ細かい振動を実現するには、コーン紙は小さく、軽い方が良い。慣性の法則があまり働きませんから。 ― つまりタイムドメインはスピーカー界のF1であると。 自画自賛に思われるかもしれませんが、わたしは自分の作ったモノに誇りを持っております。
次に、「コーンし全体が均等に動くかどうか」で比較します。
ここに大きな大きな鉄板があったとします。前後(面の垂直方向)に振動させれば、自重と慣性の法則のせいで、ゆわんゆわんと、たわむでしょう。従来の大きく重いコーン紙でも同じことが起きます(※)。 一方ここに、小さく軽いアルミ板があったとします。軽いので自重でゆがむことがありません。ゆわんゆわんと揺れることもありません。 小さく軽ければ、共振や慣性の法則を受けることが少なく、つまり「ゆわんゆわんと」たわむことが少なく、それだけ正確な前後振動が実現します。だからコーン紙は小さく軽い方が良いのです。
大きく重い物は共振しやすいのです。共振は正確な音響の大敵です。 ― すみません、共振って何ですか。 大きな釣り鐘があったとします。それを指で押し続けると、最初は全然動かないけど、そのうち、ゆーらゆーらと揺れてきて、最後は指を離しても前後にゆれて止まらなくなります。あれが共振です。釣り鐘のような大きく重い物は共振が置きやすいのです。それはスピーカーも同じで、大きい重いコーン紙は共振しやすいといえます。共振を最小限にするよう、スピーカーは小さく軽くあるべきです。
― これまでタイムドメインは「コーン紙の口径が小さいわりにはいい音が出るなあ」と思っていましたが、お話を聞いてみると、「小さいわりには」じゃなくて「小さいからこそ、良い音が出ているのだ」という気がしてきました。 はい、おっしゃるとおり。 でも普通の人は、スピーカーは大きい方が高性能だと思いこんでいます。だからメーカーも大きくて立派なスピーカーを作ってしまいます。でも、スピーカーが大きいことは、コンサート会場などで大音量を出すためには役に立ちますが、「元の音を正確に再現する」ためにはかえって有害です。いい音を出すためにはコーン紙は小さくないといけないのです。 タイムドメインのコーン紙は、小型、軽量化のためにいろいろな工夫をしています。
まずコーンの材質に紙を使っています。最近はコーン「紙」と言いながらも、材料として、アルミなど金属、プロピロピレン、カーボンなどプラスチック、あるいはタイヤの内部で使われているケプラー繊維などが使われることが多々あります。しかし、小さく、軽く、共振しないという特性を満たすには、紙が最適です。 ― 紙なら何でもいいのですか? いえ、そんなことはない。いい紙でなければいけません。 タイムドメインでは、北欧の針葉樹で作った紙を使っています。厳寒の北欧で、辛抱しながらちょっとずつ育った針葉樹は中身が締まっています。その木を、長期間、寝かせて、よく乾燥させて、そこから作った紙は、軽く丈夫で、スピーカーには最高です。 ちなみに南方の樹木はダメです。日が照って雨がたくさん降るような環境だと、木が短期間で育ちますが、そういう木の繊維は中身に締まりがなくガサガサだからです。 ― 金属やプラスチックは、紙に比べて、どこが良くないのですか。 金属は重いのが良くありません。重いと良くない理由は先ほど述べたとおりです。 固有振動があるのも難点です。金属板は叩くとカーンと音がします。振動を良く伝え、かつ固有振動があるので、ああいう音がします。一方、紙は叩いてもそういう音はしません。本質的に振動を伝えにくい材質なのです。 ― 紙の方が優秀なのに、他のスピーカーで金属やプラスチックを使われるのはなぜですか。 金属やプラスチックの方が、紙よりも安いし、加工もしやすいというのが、理由だと思います。本当は、北欧の針葉樹でコーン紙を作る方が、手間も費用もはるかにかかるのですが。
元の音が正確に再現されるには、コーン紙が正確に振動しなければいけません。さて「正確な振動」とはなんぞや。それは、ある静止点を基準にして前後に振動することです。基準点がないと何が正確なのかわからなくなります。 ところが従来型のスピーカーでは、この基準点が、コーン紙といっしょにグラグラ揺れています。これでは音の正確な再生はできません。トラックの荷台に載って絵を描いているようなもので、とうていまともな絵になりません。 なぜ基準点が静止できないのかというと、これは設計に問題があります。
― 従来型のスピーカーは設計にどんな問題があるのですか。 一つずつ説明します。 コーン紙が大きくて重い さっき説明した話です。大きくて重い物が振動すれば、大きな力が発生します。その力に引きずられて、まわりも揺れます。その結果、基準点が定まらなくなります。 四角い箱に入っている。 大きく重いスピーカーが振動すると、スピーカーが入っている箱(エンクロージャ)の中で、空気の振動が生じます。それが乱反射して、コーン紙あるいはスピーカー全体が揺れます。その結果、基準点が定まらなくなります。 また、基準点を静止させようと思うなら、「コーン紙が垂直に立っている。前を向いている」という構造も、良くありません。
― コーン紙が前を向いていると良くないのですか。 大きく重く、しかし柔らかい、コーン紙のような物が垂直に立っていると、重力により下につぶれる力が働きます。その状態で、コーン紙の全体を正確に前後振動させるのはたいへん難しいことです。上下に飛び跳ねるのと前後にいったりきたりするのは、どちらが正確に動けるかということにもなります。 正確な動きを実現しようとするなら、重力と同じ方向である上下運動をさせる方が得策です。 ― だからタイムドメインのスピーカーは上を向いているわけですか。 そうです。小さくて軽いコーン紙が上を向いている状態、つまりコーン紙の運動の向きと重力の向きが同じ状態なら、重力はコーンし全体に均等にかかります。重力方向とコーン紙の振動の向きが同じなら、先ほど述べた「つぶれる力」も働きません。その結果、元の音波が正確に再現できます。
― でも上を向いてたら、前に音が来ないのでは それは勘違いです。森で鹿が鳴けば、その声は森の外のどこからでも聞こえます。鈴虫の羽音は、巣箱の外のどこで聞いても同じです。水面に石を落とせば、波紋は360度ぐるりに広がるでしょう。同様に、音も波ですから、上下360度、球体的な全方位に広がります。ということはコーン紙が上を向いていても問題はありません。 ― でもロックコンサートでステージ(スピーカー)の後ろにいたら、音はぼんやりとしか聞こえないですよ。 先ほど音は360度広がるといいましたが、例外があります。それはスピーカーです。スピーカーだけは、パネルにコーン紙がついている構造なので、自然界の他の音と違い、音が後ろに行きにくくなります。 ちなみにクラシックコンサートの場合は、ロックコンサートと違い、360度どこからでも音が聞こえます。クラシック用に設計したサントリーホールに行ってみてください。ステージをぐるり取り囲むように座席があります。クラシックコンサートでは、スピーカーを使わず、楽器から直接出る音を聞くので、演奏者の後ろに座っていても音がよく聞こえるのです。
スピーカー本体の中に、重いシャフトを吊し、この重力によってコーン紙を固定しています。Yoshii9の場合、コーン紙など可動部分の重さが1.4グラム。シャフトの重さが1.4キログラム。実に1000倍の重さで固定していることになります。 これは体重70キロの人が飛ぶトランポリンを、70トンの重りで固定しているのと同じです。そこまで質量に差があれば、人がいくらピョンピョン跳んでも、トランポリンの周囲は絶対に揺れません。正確な基準点として不動になります。 このような重りを吊すことによる固定が可能なのも、コーン紙が上を向いているからです。 ― コーン紙とシャフトの間のエッジの部分ではどんな工夫をしていますか。 エッジは、薄く、軽く、柔らかいのが理想です。Yoshii9では柔らかい布を使っています。 ― 普通のスピーカーではエッジにはどんな材料を? 大半のスピーカーがエッジの材料にゴムを使っています。 ― どうしてゴムを使っているのでしょうか。 ゴムの方が安いし、加工がカンタンだからでしょう。でもはゴムは布より重いので、コーン紙の動きについていけません。文字通り、コーン紙の動きの「足を引っ張ります」。エッジにはゴムより布の方が適しています。
コーン紙は前後運動しています。ということはスピーカーの箱の中、裏側にも音が出るんですね。この振動は最小限にしないといけない。そうでないと箱の中を空気が反射しまくって、コーン紙をまた揺らしてしまいます。また箱が揺れると、先ほど説明した不動点が実現しにくくなります。裏に出る音はジャマです(※)。これを吸い取る工夫が必要です。
― 四角だとなぜいけないのですか。 四角い箱は、板(パネル)を貼り合わせて作ります。しかしパネルというのは、そもそも振動や揺れに弱いのです。今ここに一枚の紙があるとします。そのままだとペラペラたわみます。ところが同じ紙をクルっと巻いて筒型にしますと、とたんに丈夫になります。 ― だからタイムドメインの筐体(エンクロージャ)は円形(筒型)なのですか。 そうです。円、筒、球というのは、もっとも力を分散しやすい、自然で丈夫な形です。木だって筒型でしょう。地球は球形でしょう。それがいちばんバランスの良い形なのです。
まずエンクロージャが細長い筒型であるという、この形そのものが、裏音を消すため有効です。原理はクルマのマフラーと同じで、筒を通っていくうちに音が小さくなるわけです。さらにシャフトの周りには音の流れを遮断・妨害する材料を巻いております。この二つの工夫により、裏に出る余計な音が最小限になります。
細い方がいい音になるからです。 ― なぜ細いといい音になるのですか。 内部の振動が少なくなるからです。 ― え、振動? だってケーブルの場合、内部は電気信号が通ってるだけだから、振動しないと思うんですが。 うーん、ここは技術理論を使わないと説明がむずかしいですね。 まず知っていただきたいのは、ここまで音波の伝わりかたを「空気が振動する」と表現してきましたが、実はそれは違うということです。「振動する」というと空気の分子がプルプル震えているような気がしますが、そんなことはなくてね、実際には空気分子を介して「圧力」が周期を持って伝わっています。その圧力が我々の鼓膜に伝わって音波という波動を生みだすのです。 ― 圧力が伝わって波動が起きる…? よく分かりません… たとえば糸電話のことを考えてください。声を伝えるには、糸をピーンと張らないといけないでしょう。あれは糸の中を圧力が伝わりやすいようにピーンと張るのです。圧力が端から端まで伝わって紙を揺らすから音が出る。決して糸がプルプル震えているわけではないですよ。 ― なかなか難しい話ですが、とりあえず分かったことにします。で、ケーブルの中でも、そういう圧力が発生してるのですか。 これも電磁気学の話になりますが、非常に単純化して話すとですね、電気信号が起きるところには、かならず圧力が発生します。困ったことには、その圧力がまた別の電気信号を生みだしちゃうんですね。圧力が多いと信号は乱れます。 この圧力を減らすには、ケーブルは細く柔らかい方が良いことになります。細くてヘナヘナであれば、それだけ余計な圧力が生じにくくなりますから。 あるYoshii9のお得意さんのために、80ミクロンのケーブルを特注で作りました。80ミクロンというと髪の毛ほどの細さです。ケーブルは細ければ細いほど良いと考えます。 ― でもオーディオ界ではケーブルは太い方が良いという意見もありますが なぜ太い方が良いのか、わかりません。根拠が不明です。 ― ちなみに、ケーブルの材質は何ですか。 タフピッチ銅という柔らかい銅です。柔らかい方が、圧力(振動)を伝えにくくなります。 ― でも通常は、金や銀でできたケーブルが高級とされていますが。 雰囲気だけの話です。確かに金や銀は高価な材料ですが、それを使ったからといって、音が良くなるという理屈はありません。 もし純金でメッキした自動車を発売したら、贅沢で高級感があるとありがたがられて売れるかもしれません。しかし、そうした装飾は走行性能とは関係ありません。金や銀のケーブルというのも、それと同じ話だと思います。 また金や銀で太いケーブルを作ると、金属の固有振動数に応じて圧力振動が伝わり、金属の固有音が生じます。「元の音の正確な再生」という観点からは、邪魔な固有音です。
アンプの話は理論抜きには説明が難しいですね。そもそも論から言うと「音波(電気信号)を正確に増幅できる」のが良いアンプです。そのためには、内部配線はなるべく細い方が良い。理由はさっきケーブルで話したことと同じです。またアンプの部品が載っている基盤もなるべく小さい方が良い。小さい方が余計な振動(圧力)が伝わりませんから。
― 以上、タイムドメイン・スピーカーの独特の形や材質の理論的根拠についてお聞きしました。全体として、由井さんはとにかく世の中と反対のことをやる人だという印象を持ちました。 世の中のオーディオ技術者が、なんとなく信じていることの多くは、私には迷信としか思えないものが多くあります。冒頭でも言いましたが、オーディオの電気特性、たとえばアンプの歪み特性は、この50年で100倍向上しましたが、じゃあ、音が100倍良くなったのかというと、「良くなったのかどうかわからない、最後は好みの問題」といった、はなはだ頼りない状態です。他のエンジニアリングでは、こんなことはありません。オーディオの世界はどうもおかしい。 私は、右にならえの態度は嫌いです。自分の頭でよく考えた上で、本当に良いものを作りたいのです。そう思って会社を辞めた後、自分の理論通りに自由に作ったのが、このタイムドメインスピーカーなんですね。音楽を愛する皆さんはぜひいちど、私のスピーカーを聴いてください。本当の音が聞けますよ。 ※ 取材日時 2009年12月 ※ 取材制作:カスタマワイズ |